待合室の本(2)へたも絵のうち
明治、大正、昭和と活躍され、「画壇の仙人」と呼ばれた熊谷守一さんの自叙伝です。私は知り合いの方に教えていただいて知ったのですが、ユニークな色使いに思わず微笑んでしまいました。初期の作品も力強く、引き込まれるのですが、晩年のものは無駄を省いた抽象画のようで、かといってしっかりと隅々まで神経が配られていて不思議な感じがします。
ご本人は淡々と書いていますが、そこここに他の人にはない特異な才能を感じます。腕時計に興味を持ち、時計職人並みに分解修理に精通したことや、楽器を演奏するだけでなく、何年も数学的に和音の響きの研究をしたことなど、絵から受けた印象と全く違っていて驚きました。
ただ飄々としながら、心の葛藤、闇についても書いておられます。貧乏の最中、子供を病気で失った時でも、どうしても絵が描けなかった。周囲からいくら言われても、書く気が起きなかったと言われています。はたから見れば随分と歯がゆいことだと思いますが、芸術というものの残酷さはその辺にあるのでしょうか。プリンスやマイケルジャクソンといった才能のある人たちが、半ば自死のような形で亡くなったことを考えてしまいました。